• 2022.04.26

    カテゴリ:
     | タグ:

    Pianist_born in Ukuraine

    Pianist_born in Ukuraine

     

     

     

    今、悲惨な状況にあるウクライナ生まれの有名なピアニストを挙げるとすると、ウラディミール・ホロヴィッツ、スヴァストラフ・リヒテル、エミール・ギレリスの3人が思い浮かびます。

     

    ホロヴィッツ(1903-1989)はジトーミル州(キエフの西側)生まれで、キエフ音楽院を卒業し、1928年アメリカデビューしチャイコフスキーのピアノ協1番を弾きました。

    指揮者のトーマス・ビーチャムのテンポを無視して加速した名演奏は、センセーショナルを引き起こし、奇跡的なピアニストとして世界で認知されました。

     

    以降20世紀を代表するピアニストの一人に数えられ、スカルラッティ、ショパン、シューマン、ラフマニノフ、スクリアビンの弾き手として名盤を残しています。

    彼は12度も届く大きな手を持っており、指を伸ばしたまま打鍵する独特な演奏法は、独特な透明感と色彩を放っておりフォルテッシモも稲妻のような強烈な印象があります。

    1983年に来日した時のことを覚えています。友人から演奏会に誘われましたが、あまり好みではなかったので行きませんでした(後悔)。

     

    リヒテル(1915-1997)もジトーミル生まれで、私が最も尊敬するピアニストです。彼は独学でピアノを学びモスクワ音楽院で名教授ゲンリフ・ネイガウスに師事し、プロコフィエフのピアノソナタ7番を初演しています。

    彼の演奏を初めて聞いたのは、私が中学の頃でJ.Sバッハの平均律クラヴィーア1・2卷全集でした。その時の衝撃は今でも忘れられません。その透徹したダイナミズムと余韻豊かな抒情性を融合させた完璧な演奏は、同集のグレン・グールドの境地と双璧をなすものと思います。彼は古典からロマン派、印象派、新古典派まで膨大なレパートリーがありましたが、自分の見識にそぐわない人気曲は演奏していません。

     

    最後にギレリス(1916-1985)は、オデッサ生まれでオデッサ音楽院を卒業しました。その後、モスクワ音楽院でリヒテルと同じネイガウス教授に師事し、リヒテルと教授は彼の卓越した技巧に感嘆したそうです。

    彼は客観的な視点で鋼鉄のように力強く明快で装飾を排した自然な演奏が高く評価されています。

     

    ギレリスとリヒテルはお互いを称えあい生涯において良きライバルであったようです。

    リヒテルは、教授に「君には教えるものは何もない」と言わしめた天才で、ギレリスの弾くブラームスピアノ協2番の演奏を称賛し、敬意を表してこの曲は演奏しない理由としています。

    ギレリスは、ラザール・ベルマンやリヒテルを自分より優れたピアニストだとして西側に紹介した謙虚な人でした。

    20世紀のヴォルトオーゾは、祖国の惨状をどんな思いで見ているのでしょうか?…..rangert1